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リフレクソロジーの歴史

リフレ壁画

■西洋式

●起源

リフレクソロジーは当初「ゾーン・セラピー」(区帯療法)と云われていましたが、その起源は明らかではありません。

後述するウィリアム・フィッツジェラルド博士の著した本「ゾーン・セラピー」には、この治療術が5,000年前のインドや中国ですでに存在されていたとあります。
しかし、同じルーツから発生したと思われる鍼治療が大きく発展したため、あまり活用されなかったのだろうと記されています。

このように、足揉み療法は古くからインド、中国、エジプトなど世界中で行われていたといわれています。

記録として最古のものとされているのは、古代エジプト時代。

紀元前2,330頃と思われる墓(医師のものといわれています)の壁に、足揉みと手揉みを行う絵文字が残されています(上写真)。

また、紀元前12,000年前の古代ペルー文明に属する民族が、この知識をネイティブアメリカンに伝えたと推測されていて、彼らは現在もこの療法を活用しているそうです。

●近代のリフレクソロジー

古代より癒しの術として行われてきたこの療法を現在の形にまとめたのは、アメリカの耳鼻咽喉科医であるウィリアム・フィッツジェラルド博士(1872年生まれ)です。

フィッツジェラルド博士は、足の圧点と臓器との関連を調査したブレッスラー博士の著作研究のなかで、自分の患者にゾーンセラピーの手技(トリートメント)を用いました。
そして、足のある部分に圧を加えると身体の特定部位に麻酔的効果が現れることを発見したのです。

博士はさらに研究を重ね、身体を10の等しい縦のエネルギー(生命活動に必要な力の基本。中医学でいう気)ゾーンに分割することを体系化しました。

1917年、博士は医者仲間とともに、この理論を「ゾーン・セラピー」として出版しました。
本には医師、歯科医、婦人科医、耳鼻咽喉科の専門医、カイロドクター等のためにトリートメントを行う際のアドバイスを掲載しました。

出版後、彼は開業医を対象にしたセミナーを開始します。
当初、この理論は医師達からあまり注目されませんでしたが、ジョセフという医師が、医師である妻とともにセミナーに参加しました。

この2人の助手を務めていたのがユーシス・イングハム女史。今日「リフレクソロジー」として知られている療法を確立した人物です。

彼女が研究を重ねた結果、身体の解剖学的構造と足底のエネルギーゾーンとの相関関係を示すことができました。
そして、足は全身の鏡像(鏡に映した場合に見られるような像)であると結論づけました。

彼女は長年多くの代替医療家(マッサージ師・整骨医・自然療法士など)にリフレクソロジーを伝えました。
その傍ら、「足が語る物語」「足が語った物語」という2冊の本を出版しました。

1960年、彼女に教えを受けたドリーン・ベイリー女史が英国にリフレクソロジーを紹介。リフレクソロジーを学びたいという人のために訓練校を開校しました。

●現在のリフレクソロジー

現在リフレクソロジーはリラクゼーション主体の療法として伝えられていますが、歴史的背景にはは初期の段階から解剖学や生理学など科学的な説明をしようと努力されてきました。
現在、世界中には様々なリフレクソロジーの協会が存在します。これもリフレクソロジーの効果が世界中で認められてきた結果といえるでしょう。

■東洋式

●起源

中国最古の医学書「黄帝内経(こうていだいけい)」のなかに「観趾法(かんしほう)」という記述があります。読んで字のごとく「足を観る」ことなのですが、趾とは足の指、観るとは観察するという意味も含みます。
つまり、観趾法とは足全体をくまなく観察し、触れて悪い部分がないかをチェックし、揉むことで体の改善を促すという療法なのです。

その後、鍼治療など、ほかの療法の普及により、観趾法は歴史のなかに埋もれてしまったようです。

●近代、そして現代のリフレクソロジー

再び脚光を浴びるようになったきっかけは、1970年代、布教のために台湾を訪れたスイス人宣教師、ジョセフ・オイゲスター神父が、当時確立された西洋式リフレクソロジーを人々に広めたことが始まりとされています。
その後、この流れは中国をはじめアジア各地に広がり、一大ブームとなります。

■まとめ

このように、西洋式、東洋式ともに、出所は同じようですが、それぞれの風土や療法の解釈によって、少しずつ独自の体系を取っていったように考えられます。